旅拝

過去の旅の記録です。

西蔵編(26)ラサ~アリ

 ラサ(拉薩)に到着後、約1ヶ月かけてラサ市内、ラサ近郊を訪問・参拝した。
 毎日楽しく過ごしていたが、そろそろこの後どうするか決めなくてはならない。
 選択肢が多数ある中、カイラスを巡礼することに決めた。理由は幾つかある。

(理由1)

 この年より闇バスを利用してアリ(阿里)(ガリ、ンガリ)(カイラス近郊の街)まで行くことが可能になった(現在の状況は不明)。

 アリに入る為には入境許可証(チベット辺境入境許可証)が必要になる為、ツアーを組んでランクル(ランドクルーザー)をチャーターするというのが正規の方法。
 費用を抑えたい旅人はヒッチハイクで行くというのが一般的だったが、運に任せることになる。
 中にはヤクを購入(1頭1000~2000元)し荷物を持たせて、ラサから徒歩で行くことを検討している旅人もいた。

(理由2)

 ディグンティ寺(ディグンティ・ゴンパ)(直貢替寺)( Drigung Monasteryy )(ディグン・カギュ派の総本山)鳥葬見学と同様、カイラス巡礼も当初の目的ではなかったが、経験者の話には強い影響力があった(心を動かされた)。

※ディグン・カギュ派は、チベット仏教の主要な四大宗派(他は、ゲルク派ニンマ派サキャ派)カギュ派の支派の一つ。



 ラサを発つ日、TASHI TRAGAY HOTEL (旅行者はタシホテルと呼んでいた)(現在は閉館?)の従業員達にお礼の品(街のケーキ屋で購入した焼菓子)を配ったところ、私の予想外の行動に彼らは少し感激していた。

 最後の晩餐を済ませた後、旅仲間がバスターミナルまで見送りに来てくれた。

 ところがここで雲行きが怪しくなる。
 アリまでの道に土砂崩れが発生した為、バスの出発が延期になるとのこと。しかもバス会社が変わるということだった。
 私がバスチケットを購入したのは私営のバス会社だったが、これからは国営のバス会社がアリ行きの闇バス業務を行うとのこと。私営バス会社スタッフの苦々しい表情を見て、そこにのび太ジャイアンのような関係が存在することを知った。闇バス料金は正規料金よりも高くなる為、差額分が彼らの懐に入るのだろう。
 国営バス会社のスタッフにそれはずるいと一言言おうかと思ったが止めた。いずれにせよ正規のルートではなく不法入境なのだ。

 私営バス会社でチケットを払い戻した後、国営バス会社でチケットを購入。バスは3日後に出発するとのこと。結果的に私が国営バスでアリに行く外国人旅行者第一号となった。



 宿に戻ると、従業員達がどうした?という不思議そうな顔をしてこちらを見ていた。先程ちょっとした感動シーンがあっただけに気まずかったが、事情を説明したところ笑いが生まれた。



 3日後(再出発の日)、宿の従業員達と別れを告げる際、従業員の子供が餞別の品をくれた(想定外の出来事に感動した)。父親と相談したようだ。
 それはチベットの鞄だった。形状はエコバッグ・トートバッグに近く、キラキラとしたデコレーションモールが付いていた(恐らく実用的なものではなく、祭事等で象徴的に使用する鞄ではないかと思われる)。

 この少年は宿に長居している私に懐いており、小学校の授業が終わると私の部屋に来て宿題に取り組むようになっていた。
 どうやら算数の文章問題が苦手で、私に教えて欲しいらしいのだが、私はチベット語が読めない為、何と書いてあるのか分からない。
 単純な数式問題なら分かるので、答えが合っていると褒めてあげた。褒められると嬉しそうにしていた彼の姿が印象に残っている。
 あれから年月が過ぎ、彼も立派な青年になったことだろう(チベットの状況を考えるといろいろ大変だと思われるが、そう祈りたい)。

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(ラサ~アリ:1日目)

 旅仲間に見送られながら、19時過ぎにラサを出発(寝台バス)。
 カイラスに行く旅行者は、まずラサからアリに向かう(北回りルートの場合)。

(ラサ~アリ:2日目)

 バスは翌朝シガツェ(日喀則)に着き、ここで朝食休憩。
 ラサ~シガツェ間は道路が舗装されており比較的快適な旅だったが、この後はずっと悪路が続いた。
 揺れがひどく、横になっていないと天井に頭をぶつけてしまう。寝ていても天井にぶつかる程跳ね上がったりした。
 しかも標高が高い為、高山病の症状が出た。高地に慣れていたはずだが、それでも頭が痛くなった(ラサの標高3650mより高いと思われる)。

 その後、ラツェ(拉孜)で昼食。

(ラサ~アリ:3日目)

 日付が変わって夜中の2時に夕食を取っている(滞在地不明)。

 朝食休憩はなく、遅い昼食を14時に取り、夕食休憩は24時だった(滞在地不明)。
 食事の時間がまちまちだったので、携帯食料を持参していて良かったと思う。

 この日の夜、名も無き地でのトイレ休憩の際、宝石箱を開けたかのような美しい星々の輝きを目にした。それは今現在までの人生で目にした一番美しい星空だった。

 「宇宙が手に届くかのようにそこにあった」と旅日記に書いている。

(ラサ~アリ:4日目)

 ツァカ(塩湖のある村)で10時に朝食、16時半にゲギェ(革吉)で昼食、そしてようやくアリの街に到着した(21時着)。
 ラサから74時間かかったバスの旅だった。

 アリは、1957年新蔵公路(カシュガル(喀什)(ウイグル自治区)~ラサ(チベット自治区))開通時に作られた新しい街で、中国の軍事拠点になっている。

 宿(獅泉河飯店)に着き、ラサの宿のレストランで購入したキムチを非常食用にペットボトルに入れていたのを思い出した。
 食べようとしてリュックから取り出したところ、ペットボトルがパンパンに膨れ上がっていた。蓋をひねるとスポーンと蓋が天井にぶつかるまで勢いよく飛んで行った。
 どうやら移動中の振動で発酵が促進され、ガスが発生したようだ(キムチは饐(す)えた臭いがしたのでもったいないが処分した)。

 その後、宿にシャワーが付いていなかったので沐浴(もくよく)所に行き、砂埃まみれの体を洗い流した。
 悪路を走るバスだけあって窓が激しい振動ですぐに開いてしまう為、砂埃を浴び続けた旅だったが、シャワーを浴びて生き返るような心地がした。

 それから中華レストランで食事を取り、宿で深い眠りについた。



※地図





(旅した時期:2004年)

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