旅拝

過去の旅の記録です。

四国巡礼編(21)菩提の道場(4)大寶寺(44番札所)~岩屋寺(45番札所)

 【菩提(ぼだい)の道場(愛媛県)】



 [第44番札所:菅生山(すごうさん) 大覚院 大寶(宝)寺(だいほうじ)]

・御本尊:十一面観世音菩薩
・創建年:(寺伝)大宝元年(701年)
・開基:(寺伝)明神右京隼人
・住所:愛媛県上浮穴(かみうけな)郡久万高原(くまこうげん)町

※別称:四国霊場の中札所(四国88ヶ所霊場の丁度半分に当たることから)



 お遍路26日目。
 国道379号沿いのお遍路無料宿(愛媛県喜多郡内子町長岡山トンネルを過ぎた辺り)を早朝に出発。
 この辺りの標高は100mに満たないが、次の44番札所大寶寺の標高は560mということで、これからひたすら上っていかなくてはならない。

※標高の高い札所ランキング(本堂の位置で比較)

 (1位)66番札所雲辺寺(うんぺんじ)(標高900m)
 (2位)60番札所横峰寺(標高745m)
 (3位)12番札所焼山寺(しょうざんじ)(標高700m)
 (4位)45番札所岩屋寺(標高585m) ※この記事(下記参照)
 (5位)44番札所大寶寺(標高560m) ※この記事
 (6位)21番札所太龍寺(たいりゅうじ)(標高505m)
 (7位)20番札所鶴林寺(かくりんじ)(標高495m)
 (8位)88番札所大窪寺(標高450m)
 (9位)27番札所神峯寺(こうのみねじ)(標高430m)
 (10位)65番札所三角寺(標高355m)

 正確な時刻と場所は忘れたが、お昼頃に遍路小屋に到着。ここで宿泊出来るとベテラン遍路に聞いていたが、お世辞にも綺麗とは言えなかった(特にトイレ)。管理する人がいないのかもしれない。
 着くまでは、疲労も考慮して本日はここで切り上げようと考えていたが、正直申し上げてこの小屋で一晩を明かす気にはなれなかった。
 44番札所の近くの宿(民宿一里木)に電話したところ、運良く部屋が空いているのこと。
 予定を予定を変更してこの日は宿に泊まることにした(1泊素泊まり4300円(当時))。

 気合を入れ直して再び歩き出す。「遍路転がし」(上りの道)が続くが、己(おのれ)を鼓舞して一歩一歩前に進む。

 民宿一里木に着き、部屋にリュックを置いてから44番札所へと向かった。体が身軽になったことで歩くスピードが上がる。



 宿から2km程の道を歩き、午後14時過ぎに大寶寺に到着した。

 大寶寺の寺伝によると、大和時代百済の聖僧が携えてきた十一面観世音菩薩像を山中に安置したのが始まりとされている。

 大宝元年(701年)に安芸(あき)(広島)から来た明神右京、隼人の兄弟の猟師がその観音像を見つけて草庵を建てて祀った。そして奏上を受けた文武天皇の勅命で寺院を建立、元号に合わせて「大寶寺」と寺号を定めた。

 その後、弘仁13年(822年)にこの地を訪れた弘法大師密教を修法され、四国霊場の中札所と定められた。その際に天台宗から真言宗に改宗されたという。

 寺院はその後の歴史において幾度も焼失している。三度目の火災は明治7年(1874年)だが、地元の方々の尽力により見事に再興して現在に至る。



 [第45番札所:海岸山 岩屋寺]

・御本尊:不動明王
・創建年:(寺伝)弘仁6年(815年)
・開基:(寺伝)弘法大師
・住所:愛媛県上浮穴(かみうけな)郡久万高原(くまこうげん)町



 44番札所を打ち終えた後、休む間もなく45番札所へと向かった。45番札所岩屋寺までは10km弱。急げば何とか間に合いそうだ。



 急ぎ足で歩いていると、道中に休憩所(愛媛県上浮穴郡久万高原町直瀬付近)があった。この休憩所は古岩屋と呼ばれる岩峰(四国カルスト県立自然公園内にあり、国の名勝に指定)のそばにあり、観光客向けの施設と思われる。

 自販機で飲み物を購入しようということで立ち寄ったのだが、ここには先客がいた。
 その方は、御年(おんとし)60代のお遍路だった(自転車を使用)。
 彼の自転車を見ると、後輪を挟むようにパニアバッグ(サイドバッグ)が設置され、荷物でパンパンに膨れ上がっていた。この荷物だけでも結構な重量がありそうだったが、更に大きなリュックを担ぎながら自転車に乗っていると言う。
 しかし、この岩屋寺までの道中は坂が多く、歩きながら自転車を押してここまで辿り着いたが、雨に降られた為ここで2泊休んだそうだ。

 お互いの自己紹介が一通り終わった後、突然この方が「ああーっ」(漫画的な表現をするならば「あ゙あ゙ーっ」と「あ」に濁点が付く感じ)と休憩所に響き渡るような大声で溜息をついた。

 「疲れた。もうええわ。帰りますわ」と突然のリタイア宣言。

 恐らくここに辿り着くまでに疲労困憊(こんぱい)になっていたのだろう。
 正直申し上げて、私と会って踏ん切りが付いたみたいな雰囲気になってしまい少々困惑した。
 「ここで諦めずに頑張りましょう」と一声かけたものの、決意は変わらないようだ。この方の年齢を考えるとそれ以上何も言えなかった。

 もう少しゆっくり話をしたかったが、今日中に45番札所を打ち終えたい。ここから岩屋寺までは約2km。もうすぐ札所が閉まる時間だ。
 帰りにここに立ち寄って改めて話をしようと考え、この方と挨拶をして別れた(しかし残念ながら、この休憩所を再訪した時には誰もいなかった)。



 途中から荷物が軽くなったとはいえ、この時点で既に40km程の距離(しかも上り坂が多い)を歩いていた。
 感じ方、感覚の話になるが、疲労がピークに達していたことにより肉体の五感を主とする状態から自分の魂(スピリット)が感覚の主体となっていたのかもしれない。
 岩屋寺へ向かって歩いている時に、ふと「色即是空、空即是色」という言葉が心に浮かんだ。

 今目の前にある景色(水・土・木・花・空・・・)も目に見えないものも、全てに魂があり、全ては一つである。

 それらの存在が自分を迎えてくれたような一体感を感じてとても嬉しかったのだが、この時から背中にビリビリと電気が走るような感覚が続くこととなった。



 岩屋寺に着いたのは午後16時50分頃だった。納経所が閉まる前に間に合ったことにほっとしたのだが、ここから10km以上の道のりを帰らなければならない(じっくり境内を拝観する心の余裕は無かったと思う)。
 岩屋寺四国カルスト県立自然公園内にあり、岩山と一体化したお寺で非常に興味深かった。

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 四国カルスト県立自然公園内にある岩屋寺の標高は585m(本堂の位置)。44番札所大寶寺よりも高地にあり、四国88ヶ所霊場の中で4番目に標高が高い。

 岩屋寺の寺伝によると、弘仁6年(815年)に弘法大師がこの地を訪れた際、神通力を備えた法華仙人という土佐出身の女性と出会った。仙人は空海に帰依して岩山を献上したとされる。
 大師は不動明王の木像と石像を刻まれ、木造を御本尊として本堂に安置、石像を秘仏として奥の院の岩窟に祀った。また、岩山全体を御本尊の不動明王として護摩修法をされたと伝えられている。

 「山高き谷の朝霧海に似て松吹く風を波にたとえむ」(弘法大師作とされる)という歌より山号が「海岸山」と名付けられた。

 鎌倉時代中期に一遍(時宗の祖)がこの寺にした参籠(さんろう)・修行したことが一遍聖絵(ひじりえ)に描かれている。

 (写真は本堂)

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 確か宿に戻ったのは20時近かったと思う。この日はトータルで50km程歩いていたが、宿のお風呂に入って温かい布団で眠ることが出来た為、疲労は次の日には残っていなかった。

 この日の旅日記には、一つの言葉を書き記している(寺院か宿で見かけたのか、それとも心に浮かんだ言葉なのか不明。昔読んだ本に書かれていた言葉かもしれない)。

 「人生は紙の裏表のようなもの。人は生きたようにしか死ねない」





(旅した時期:2006年)

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