西蔵編(39)台北
沖縄行きのフェリー(クルーズフェリー飛龍、現在運行中止)の出発日が翌日だった為、台北は1泊2日の滞在となった。
台北到着日に、有村産業株式会社(フェリー運航会社)の台北オフィスに行きチケットを購入(基龍から那覇まで3900台湾ドルだった(当時のレートで約13000円))。
また、日本大使館を訪問している。
翌日、昼間に駆け足で台北を観光した。観光したのは下記の通り。
・国立故宮博物院
国立故宮博物院は、フランスのルーブル美術館、アメリカのメトロポリタン博物館、ロシアのエルミタージュ美術館とともに、世界四大博物館の一つとされている(四大博物館の選定には諸説有)。
所蔵品約70万点のうちほとんどは中国歴代皇帝の収集品で、北京の紫禁城(故宮)にあったものを20世紀前半の中国の戦乱期に移送したものだそうだ。
当時は改装中で展示物が少なかったので、いつの日か機会があればじっくり見たい。
・順益台湾原住民博物館
台湾の先住民族を部族別に説明していた。
Wikipediaによると、2016年現在、台湾政府認定16民族だけでも約55万人の先住民がいて、その多くが低所得・過酷な労働条件で生活している。
世界の国々における先住民の歴史は、迫害の歴史とも言える。
・中正紀念堂(現台湾民主紀念館)
蒋介石(1887~1975)が亡くなった際に、故人を偲(しの)んで建てられることになったた(1980年竣工)。
中正紀念堂の「中正」は蒋介石の本名(諱(いみな)(忌み名))らしい(「介石」は字(あざな))。
※歴史的に、中国人の名前には、「姓」(氏)と「諱」(名)と「字」(名)の三つの要素があった。古代に貴人や死者を本名で呼ぶことを避ける習慣があったことから、諱は軽々しく用いられることは忌避(きひ)された。偉人の中には字が一般的になっている人物もいる。
台北の街を散策して感じたのは、人々は日本人にとても好意的で親切だったこと。
コンビニからは日本の音楽も流れていた。
正直申し上げて、もう少し長居したい街だった。
※地図
(旅した時期:2004年)
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