旅拝

過去の旅の記録です。

西蔵編(11)ラサ(その4)セラ寺(前編)

 セラ寺(セラ・ゴンパ)(色拉寺)( Sera Monastery )は、私にとって色々な思い出があり、チベットで一番好きな寺院だ。

 1419年に高僧ジャムヤン・チュジェ・サキャイェーシェー(1355~1435)によって創建され、最盛期には五千人を超える僧侶が修行に励んでいたそうだが、今は1/10以下になっている。
 20世紀初頭に河口慧海(えかい)(1866~1945)(著作チベット旅行記)や、青木文教(1886~1956)(著作『秘密国チベット雪山獅子旗(チベットの旗)をデザイン)、多田等観(1890~1967)(著書チベット滞在記』)などの日本の僧がチベット仏教を学んだという、日本人にも縁の深いお寺である。

 また、ゲルク派(黄帽派)六大寺院ラサ(拉薩)三大寺院の一つでもある。

ゲルク派とは、チベット仏教の主要な四大宗派の一つ(他は、ニンマ派カギュ派サキャ派)。15世紀にツォンカパ(ジェ・リンポチェ)(1357~1419)によって開かれた学派で、戒律を重視している。戒律を守っていることを示す黄色い帽子を被っていた為、黄帽派と云われた。17世紀にチベット最大勢力となり、ダライ・ラマパンチェン・ラマもこの学派に属する。

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(セラ寺)

 ここで有名なのは、聖なる馬頭観音像が安置されたセラ・チェ学堂の中庭(チョラ)において行われる問答修行だ。下は10代半ばの小僧から上は50歳位までの僧侶が行うらしく、先輩の僧侶から返答に窮する難問が投げかけられ、仏典を理解して即答できるかどうかが試される。

 この問答についての教科書・参考書がたくさんあり、それを勉強しながら一年毎に及第して、20年間の修行の後に始めて博士号の位を得られるとチベット旅行記抄』(河口慧海著、中公文庫BIBLIO刊)に書いてある。

 この本から問答修行に関する河口慧海の記述を引用したいと思う。

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 その問答のやり方の面白さ及び力の入れ方、声の発動、調子、様子というものが、どうも実に面白い。まずどういうふうになっているかというに、答手(こたえて)は坐っている。

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 すると問手(といて)の方は立ち上がって数珠を左の手に持ち、静々と歩んで答者(こたえて)の前に立ちます。

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 そうして手を上下向い合せ拡げ、大きな声で、チー・チ・タワ・チョエ・チャンといって、ポンと一つ手を拍(う)ちます。

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 そのチー・チ・タワ・チョエ・チャンというのは、初めのチーは文殊(もんじゅ)菩薩の心という種字真言であります。

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 すなわち、文殊の本体である智慧の開けんことを祈るという意味で、始めにこのような言葉を発して、それからチー・タワ・チョエ・チャンというのは、「このごときの法において」という意味で、すなわち宇宙間如実の真法において論ずというので、それから問題を始めるです。

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 その問答は、因明(いんみょう)の論理学のやり方であって、因明論理の法則により、始めに仏というものは人なるべしというて問いかけると、答者はそうであるとかそうでないとか答える。

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 もしそうだといえば一歩を進めて、「しからば仏は生死を脱(のが)れざるべし」と詰(なじ)る。そこで答えて「仏は生死を脱れたり」と答えると、問者(といて)は、「仏は生死を脱れず。何となれば仏は人なるが故に。人は生死を脱れざるが故に、汝(なんじ)は爾(しか)くいいしが故に」と畳みかけて問い詰めるので、そこで答者がやり手でありますと、仏は人にして生死を脱れたり。仏の生死は仮に生死を示現(じげん)したりなどいうて、仏に法身、報身、化身の三種のあることを解するようになるのです。

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 またもしそうでないと答えると、いや、インドのシャカムニ仏は確かに人であった。これはどうであるかというように、どこまでも詰ってゆく。どっちへ答えても詰るようにして、段々問答を進めますので、その問い方と答え方の活潑(かっぱつ)なることは、真(まこと)にいわゆる懦夫(だふ)を起(た)たしむるの概(がい)があるです。

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 その例を一つ申しますが、今問者が言葉を発すると同時に、左の足を高く揚げ、左右の手を上下向い合わせに拡げて、その手を拍つ拍子に、足を激しく地に打ちつける。

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 その勢いは、地獄の蓋も破れようかという勢いをもってやらなくてはならんというのであります。またその拍った手の響きは、三千大千世界の悪魔の胆を、この文殊智慧の一声で驚破(きょうは)するほどの勢いを示さなければならんと、その問答の教師は、常々弟子達に対して教えておるのです。

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 そこでその問答の底意は、己れが煩悩の心を打ち破って、己れが心の地獄を滅却するために勇気凛然(りんぜん)たる形を顕(あら)わし、その形を心の底にまで及ぼして、解脱の方法とするのであります。

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※地図





(旅した時期:2004年)

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